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セミナー・研修

1時間目 対人折衝力編

表からはうかがい知れない情報を掘り起こせ。

●一般的な不動産売買交渉を題材に、受講者が2人1組のペアでチームをつくり、売り手と買い手に分かれてロールプレイで売買交渉を行ないます。交渉で両者が合意に達すると、契約書にサイン。終了後、チームごとにロールプレイの結果を発表し、交渉術の第一人者である東京理科大学の奥村哲史教授から講評と解説を受けます。交渉が決裂し、契約にいたらなかったケースも含め、なぜ交渉が成立したのか、なぜ決裂したのかを全員で議論していきます。

●今回題材として取り上げたのは、レストランを経営するオーナーが現役引退を考え、店を売りに出すというケース。オーナー夫妻は、店を3800万円で売却し、できたお金で世界一周旅行とレストランフランチャイズ店の経営者として新たな人生をスタートするのが夢。対する買い手は、3200万円までの決裁権限を与えられたレストランフランチャイズチェーンの副社長。
互いに相手のことは一切知らされていない中で、いかに情報を聞き出し、有利な条件で契約に結びつけるか、腕の見せ所です。

中坪
交渉では、売り手も買い手も、相手について一部の情報しか持っていないものです。でも実際は、北極の氷山と同じで、表面からは見えない隠れた部分にたくさんの真実が含まれています。それを会話の中から探り出し、相手のことを深く掘り下げて理解することが、互いの溝を埋め、着地点を見つけ出すことにもつながります。このプログラムは、交渉術の第一人者である奥村先生が唱える、そんな「氷山の一角」から情報全体を見通す交渉の方法を学ぶことができるのが魅力です。
私は、オーナー役を務めました。私たちのチームは、最初は3800万円が譲ることのできない絶対条件と思い、少し高めに設定して交渉をスタートしたんですが、買い手からさまざまな条件提示を受け、「この条件なら、多少金額面で譲歩してもプラスαで3800万円と同等の価値を得られる」と判断し、短い時間で契約を交わすところまでたどり着くことができました。
正木
中坪
奥村先生がいつもいわれているのは、どちらか一方だけが利益を享受し、もう片方が損失だけを被るような交渉は決して交渉ではない、双方にメリットが生まれる交渉こそ、真の交渉だということです。こちらの思惑通りにことが運び、利益を独り占めできれば、それは一見成功に見えるかもしれませんが、長期的な視点で見れば、果たしてどうなのか。双方の「価値合計」が最大化する着地点を見出すことが、本来の交渉だと思います。
あと契約まで行ったから成功というわけではなく、他のチームの発表を聞いて、自分の考えや発想とはまったく違う考え方があるのを知り、『なるほど、そういう考え方もできるのか』とか、『確かにこのことについて考えておけば、別の結果を得られたかもしれない』とか、いろいろな発見があって刺激になりました。
正木
中坪
交渉ごとでは、とかく手の内を見せずに自分が目標とする一線まで相手を譲歩させようとしてしまいますが、そのやり方だと結局駆引きに終始して、膠着状態に陥ってしまうことにもなりかねません。すべてとは言わないまでも、ある程度こちらの条件をさらけ出すことで、相手のことについても見えないものが見えてくることもあります。着地点を見出すことが交渉。どこまでいうべきなのか、何を伝えて、何を伝えないのか。受講生のみなさんには、ぜひそのことを掘り下げて考えてほしいと思います。
交渉技術(傾聴)編

交渉の成功は、「聴くこと」から始まる。

●2日間にわたる研修の締めくくりは、「交渉技術(傾聴)編」。用地交渉で最も重要な相手を知るための基本ともいうべき「相手の話を聞く技術」を身に付けるトレーニングです。研修では、冒頭に簡単なゲームを行ない、受講者を「現状維持バイアス」「保有効果(預かり効果)」の強い人とそうでない人の2タイプに分け、前者が地権者役を、後者が交渉担当者役をそれぞれ担当し、2種類のロープレ演習を行います。

●地権者役と交渉担当者役の受講者は、現在の状況や人物像などが書かれた資料を精読し、10分間の「なりきりタイム」の間にその役柄になりきった上で、交渉にのぞみます。1つめの演習は、親子二代にわたって駅前で和菓子店を営みながら、年々売上げの減少に悩まされ、打開策を探っていた矢先、駅前にロータリーを整備する公共事業の話が持ち上がり、移転を決断するかどうかで迷っているという設定。親子で意見の食い違いもある中、物件調査の了解を得られるかどうかが、交渉の焦点です。

●演習が終了すれば、結果を報告。物件調査の了解を得られたか、交渉担当として地権者から信頼を得られたか、地権者の事情や思いをヒアリングできたか、また地権者として事業に協力する意志を持てたかなどを確認します。

●続く2つ目の演習では、交渉担当者は地権者からの投げかけに受け答えできない設定で演習を行います。終始笑顔を絶やさず、相づちを打ちながら、ミラーリング(おうむ返し)やフィードバック、フォーカシングなどを使って、地権者の情報を引き出す「確認傾聴手法」、交渉担当者側からの説明がなくても、言葉以上のやりとりを通して地権者側の移転に向けた決断をサポートし、信頼関係を築けることを感じとってもらいます。

私は、交渉担当の役でした。冒頭で、「ゲーム参加費は1回1000円。ゲームに勝てば賞金は2000円、負ければ0円。というゲームがあればあなたは参加しますか?」という問いに速攻で手を挙げて、「保有効果(預かり効果)」の弱いタイプと認定されてしまったんです(笑)。
正木
中坪
社内でこの質問をすると、誰も手を挙げる人がいません。セミナーでは、約半数の方の手が挙がりました(笑)。ゲーム参加費の1000円を失ってしまうかもしれないという損失を恐れて、損そのものを回避しようとする判断が働き、手を挙げようとはしません。人間は利益で得られる喜びよりも失うダメージが大きいので、損失に対して過剰に反応してしまいます。このセミナーの参加者はチャレンジャーが多いですね(笑)。ところで演習での交渉は、うまくいきましたか?
1回目は、こちらのペースで進めることができましたが、地権者役の方からはめぼしい情報を何も引き出せないままでした。「実は、息子さんはケーキ屋さんを始めたいと思っていた」という重要情報は、2回目の演習でようやく聞き出せた。人の話を聞くって、簡単なようでいて、実はとても難しいものだと初めて感じました。
正木
中坪
実際の用地交渉では、さまざまな技術を使いながら地権者の本音や将来像を探っていきますから、「ひたすら聴く」という状況は実際には起こりえないかもしれません。でも多くの用地担当者が説明ばかりに気を取られ、本来重要な「聴く」という作業を忘れがちなことも事実です。聴く技術を身に付けることで、交渉の時に用いる手法の選択肢が広がれば、それは間違いなく交渉能力の向上につながるものと思っています。
相手の話をひたすら聴くのが傾聴技術。言葉だけだと簡単そうですが、実際にやってみるとスゴく難しい。相手が口数の少ない方だと会話が途切れ、居たたまれなくなってしまうんです。でも息子さんがケーキ屋さんをやりたがっていることを知ったのは、1度目の交渉を終了し省察した後の2度目の演習でのことですから、聞き役に徹することは話す以上に大事なことだと分かりました。
正木
中坪
これはセミナーを締めくくる講義でも申し上げたことですが、私たち用地担当者は、地権者から契約書をいただくだけが目的ではありません。地権者が新しい人生を踏み出し、幸せな暮らしを手に入れる状態にまで持っていくことが、本来の目的だと私は思っています。地権者と街で偶然再会するような機会に巡り会えた時、満足げにされている姿を、用地に携わる者すべてが共通の喜びとしたい。そのための初めの一歩が「聴くこと」。ぜひ、多くの方に分かっていただきたいと思っています。
交渉にのぞむにあたっての礼儀作法や補償交渉の実務を学ぶ研修プログラムは、探せばいくらでもありますが、このように交渉技術の核心にまで踏み込んで、具体的なノウハウを学べる機会は他にないと思います。私たちの先輩が地道に積み重ねた用地取得に関する知見を絶やすことなく次の世代にバトンタッチしていくために、若手人材育成の場として、これからも積極的に活用していきたいと思っています。
正木
中坪
それはありがとうございます。ここで学んだことを実践を通してより磨いていってください。そして若手を育成していってくださいね。今後も正木さんのマルチな活躍を陰ながら応援しています。
ありがとうございます。また受講者の間では、「組織や業種・業界の壁を越えて用地に関する情報共有できるような場があればいいね」という意見もありました。ぜひ、そうした機会もつくっていただけたらと思います。
正木
中坪
私たちも、それは感じています。受講生の方々は、初日の午後になると互いに打ち解け合って、交流の輪が生まれています。それが研修の終了と同時に途切れてしまうのは、いかにももったいないので、近いうちにネット上で情報共有したり、議論ができる「フォーラム」のような場を立ち上げようと思っています。
用地事務に携わる方のスキルアップにつながればと始まったこのセミナーも、回を重ねるたびに、少しずつ進化を遂げています。新たな創意工夫を盛り込み、これからも着実にバージョンアップしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。今日は、お忙しい中ありがとうございました。
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