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用地取得 達人への道

「さて今年はじめて用地取得交渉をまかされたけど、やったことがないしどうしよう…」
新人の用地職員にはつきものの悩みですね。でも心配ご無用。
本稿では用地取得交渉の手順とコツを詳しくご紹介します。

序走編 用地交渉はしたことないけれど...

2019年04月05日 公開

「今年度はじめて用地取得部門に異動してきたのだけれど...」

昔なら、用地交渉達人の大先輩がいて、補償理論達人の先輩がいて、豊富な用地取得関係の図書が揃っていて......という状態でしたよね。
でも、今回、登場する○△市役所道路整備課で用地取得交渉に行っていただくのは、係長とあなた。ともに用地経験ゼロ。用地事務をどう進めていいかも補償金をどう算定していいかもわかりません。あとの課員は道路建設を行う技術屋さんばかり。
人事担当の話では、

「都市計画道路○○線の事業認可が下りたので、20件の土地(土地所有者は確かに20件だが、権利者は土地の共有者、建物所有者、マンションの区分所有者や借家人を含めると100人くらいいるにもかかわらず20件という認識らしい)を毎年2~3件10年くらいかけて買ってくれたらいい」

ということでした。
図書はというと用地関係図書は皆無。損失補償基準というのがあって、全国統一の補償がなされているという話は聞いていたので、インターネットで「損失補償基準」と検索してみた。すると、国土交通省の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」がでてきた。読んでみた。最初の方は、個別払いとか金銭補償とか書いてあり、わかるにはわかる。土地代は正常な取引価格?近傍類地? 建物は移転だといいながら、取得や使用も出てくる。どういう関係? 立木になると何が書いてあるのかさっぱりわからない。そして、眠い。こんな訳のわからないしろものを権利者の方にわかりやすく説明できるわけがない。

どうしたらよいのかわからないので、課長に

「私たち何からどう始めたらいいのかわかりません。ご指示をお願いします。」

と相談をもちかけると、

「私も用地の仕事はしたことがない。ただし、事業認可のために権利者は調べてあるから、まず権利者のところに挨拶に行って、用地を買わせてくださいとお願いするのだろう。」

と言われておしまいです。

途方に暮れた係長と私。
私たちはどこに向かってどのように走り始めればいいのでしょうか?

まずは用地マン、用地ウーマンとは何か? を知ろう

私たちは用地事務の経験もなければ、補償についても何も知らない。そして、それらのことを教え、導いてくれる先輩もいない。到底、権利者の方のところに行けるはずがない。まずは勉強して必要な知識を身に付けなければ......。そう考えてはみたものの独学では身に付きそうにはない。そう考えたのではありませんか?そう考えたあなた。
あなたは用地交渉という事務をこう捉えているのではありませんか?

  1. 権利者の方に、用地補償の内容や用地事務で必要な手続をきちんと説明し、質問があれば、誠意をもって完璧に答えること。
  2. 権利者の方を説得し、補償内容を納得してもらい、補償契約書に署名押印いただくこと。

用地交渉をこういうふうに定義してしまうと、もしあなたの任期が2年であったとしたら、一度たりとも権利者宅を訪問することはできないでしょう。阪高サポートでは、一人前と呼べる用地交渉マン、用地交渉ウーマンに育つには少なくとも5年はかかると想定しています。そうなると、2~3年ごとに人事異動があれば、10年経っても、権利者宅にはだれも行けていないことになってしまいます。

最近、国土交通省では「用地交渉」と言わずに、「補償説明」と言おう、という取扱いがなされているようです。確かに、「交渉」という言葉には交渉次第で補償金が増えたり減ったりするイメージがつきまといます。しかし、補償金は全国統一の損失補償基準に基づき算定した数字ですから、交渉で上下するものではありません。私たちが権利者の方と補償金の議論をしている間は、私たちは「補償説明」するしかないのです。

しかし、権利者の方との最初の接触から契約、更地での明渡しに至る全過程が「用地交渉」であって、補償説明はその一部にすぎません。「用地交渉」を「補償説明」に置き換えてしまったら、「用地交渉」の大事な要素を見落としてしまうことになります。その見落としてしまうものとは何でしょうか?そして、あなたの用地交渉の定義の誤りはどこにあるのでしょうか?

それは、「交渉」には「相手方」があるということです。

「金銭の上下を駆け引きし合うこと」だけが交渉ではありません。特に用地交渉では、自分の意思に反して、自分の生活場所(自宅、アパート、店舗、工場等)を勝手に公共事業用地に指定され、長年慣れ親しんだ生活スタイルを捨てさせられ、新しい生活場所を自ら探して、そこに移り、新しい生活を始めることを余儀なくされる権利者の了解を得る必要があります。用地交渉の主人公は権利者の方たちなのです。まず、このことを肝に銘じなければなりません。用地交渉をするあなたが主語でものごとを考えてはいけません。権利者の方を主語にして考えてください。
そうすると、用地交渉はどういうふうに定義されてくるでしょうか?

1. 権利者の方に、私たちの話を理解してもらうこと。
2. 権利者の方に、私たちの話を納得してもらうこと。納得までいかなくとも、仕方ない・やむを得ないと思ってもらうこと。

(そして、ここが最も大切なことですが)

3. 権利者の方に、新しい移転先での新しい生活を決意し、計画し、実行していただくこと。

です。

そのために、私たちに求められるスキルは「話し方」、「説得技術」ではありません。必要がないわけではありません。第一ではないだけです。第一は「聴き方」「共感力」というスキルです。

私たちの話が相手にどう届き、どう響き、どう感じてもらったかを知ること。これが最初の一歩です。
それを知ろうとすれば、相手の心の池にどんな水が満たされているのかを知らなければなりません。権利者の方は、公共事業の立退き対象になったというだけで相当の不安を抱かれますが、不安はそれだけではありません。権利者の不安に寄り添うこと。
今そこにある不安(高齢であること、年金だけでは生活できないこと、貯蓄がないこと、借金を抱えていること、商売がうまくいっていないこと、商売の将来性がないこと、親子関係がうまくいっていないこと、夫婦の会話がないこと、親会社からの仕事が減ってきていること、子供が暗くなってきたこと、来年高校受験を控えていること、毎日毎日が忙しすぎること等々)を知ること。これが相手方が話を理解してくれたか、納得してくれたかを知るための基礎情報を構成するのです。
少し先を急ぎますが、そう考えるのなら用地マン、用地ウーマンとは何なのか、に対する答えはどうなるでしょうか?

「相手の置かれた事情を知り、相手の気持ちに寄り添い、その事情・気持ちに沿って補償の話を理解してもらい、新しい移転先での生活を決意、計画、実行してもらうのを聴く技術を中心にしてサポートしていく人」となるのではないでしょうか。

そう定義してしまうと、聴けばいいのです。「聞く」(hear)ではありません。「聴く」(listen)のです。
誠心誠意、神経を集中して、相手の言葉だけでなく、相手の動作や表情を含め、言葉になっていない、言っている本人さえ気づいていない「真意」を聴き出すのです。
私は、これこそが用地交渉の神髄だと考えています。聴きに行くことが用地交渉であれば、用地事務のことや用地補償のことが十分に説明できなかったとしても権利者の方のところには行けるのではありませんか?

そして、事実、補償説明会から、用地測量、物件調査、補償金算定を経て、本格的な補償金の話をするまでには約2年の月日が経過しているはずです。その間に、あなたは用地理論を勉強し、身に付けることができるはずです。
そして、ここが大切なことですが、2年先にあなたは相手の事情や興味に沿って、補償の内容を話すことができているのです。人は自分の興味があることしか真剣に聞きません。
また、自分が権利者一般として扱われているのか、権利者○○さんという特定の人として大事に扱われているのかを敏感に感じ取るものなのです。説明ができないからと相手を避けていた用地交渉担当者とひたすら相手の話を聴きに行っていた交渉担当者の違いは2年後に歴然と現れることになるでしょう。

公共事業者の代表者という意識をもって、とはどういう意味か?

序走です。あまり進みすぎないようにしましょう。
ただ、昔から用地交渉の本を読むと、また用地の先輩の話を聞くと、用地初心者には精神論のごとく「公共事業者の代表者であるという意識をもって権利者の方と接するように」と書かれていたり言われたりしています。
多くは、「本来の意味で起業者の代表者は、大臣、知事、市町村長、総裁、代表取締役社長などですが、用地交渉の現場において皆さんと対峙されることになる土地所有者や関係権利者の方は、実際に目の前にいる交渉担当者の対応の仕方や言動を起業者の態度・姿勢と受け止め、起業者についての評価を下し、イメージを形づくっているのです。つまり、交渉担当者である皆さんは、起業者の顔であり、起業者の信用・イメージの担い手です。そういう意識、心構えを持ち、起業者の役割を念頭においた行動をとるようにしましょう。」
などと書かれています。

その通りですが、これも権利者の方から見たらどうなるでしょうか?
公共事業者には民間企業の方もおられますが、大半は役所の方です。私たちは「公共事業の実施者」として、権利者の方を訪問しますが、権利者の方は当初漠然と「役所の方」というイメージを持って私たちに接されます。
役所は公共事業をやっているだけではありません。住民票等の窓口業務、固定資産税等の税金業務、国民健康保険等の保険業務、福祉・介護、教育、農政、商店街振興、企業誘致等多種多様の行政サービス、特に住民の身近で行う行政を行っているのです。そうした中で、権利者の方には既にいろいろな役所イメージができあがっています。

それを大くくりにして言うと次の二つに大別できると思います。

  1. 公の行政なので、一定信用してもいいだろう。騙されることはないだろう。
  1. 一言でいえば行政不信。行政は住民や弱いものをいじめる。平等といいながら、一部の人が得をして、私たちは損だけ押し付けられてきた。(商店街が廃れたのは市が道路をつけてくれなかったから、メガソーラーが設置されてここに住めなくなったのは市が止めなかったから、あの人だけ福祉タクシーのチケットをもらっているのは○○先生と仲がいいから等々)

この感情は二律背反です。極端に行政不信の方がおられ、用地交渉そのものを拒否される方がおられるのも事実ですが、多くの権利者の方は、この両者がお皿に乗った天秤状態であなたを待っておられるのです。あなたの接し方、言動でこの天秤は大きくどちらかに動くのです。行政不信が大きい方も契約時を迎えられれば、必ず「役所は信用できんけど、あんたは信用できるから契約したるわ」と言ってくれるものです。

(1)のイメージを大きくし、(2)のイメージを削っていく。それが「公共事業者の代表者」としての行動ではないでしょうか?
では、具体的に何をすればいいのか?

  1. この事業の内容と必要性をきちんと語れること。
  2. 笑顔であり、姿勢よく、はきはきと快活であること。
  3. 第一印象がよいこと。(TPOをわきまえた服装、約束を守る、正しい礼儀作法、易しく丁寧な話し方、相手への尊重を示す話し方、相手の話をよく聴く、心身共に健康であること等)
  4. 相手の印象を良くする対話ができること。(相手の目を見る、適切な相づちを入れる、相手の話を奪わない、相手の話をじっくり聞く、相手の興味がある話題で対話する、人の悪口を言わない、言い訳をしすぎない等)
  5. 頼まれたことは精一杯努力すること。でも、できないことはできないと明確に伝えること。時間がかかることは時間を明示したうえで、途中経過をお知らせすること。
  6. 素直であること。自分という人間を大きく見せようとしない。知らないことは知らないと言い、中途半端な回答をしない。間違いは間違いと認めること。

最初からこんなにたくさんのことをできるはずがありませんので、おいおいどんなふうにやっていけばよいのかお話をしていきます。きょうは、(1)と少しだけ(2)のお話を。

用地交渉担当者の中には、事業のことは事業課又は計画課の仕事であって用地の仕事ではないとして、事業のことをあまり勉強しない方がおられます。しかし、それは大きな誤りです。
権利者の方は、喜んで移転していくわけではありません。補償金が満足だから積極的に移転するわけでもありません。地域の方の命や生活、日本経済や地球環境が良くなるから、それに貢献するから、自分たちの犠牲には意味があるという納得感があって初めて補償の話に乗っていただけるのです。
ですから、私たち用地交渉担当者は自分が担当する事業がどんなものでどんな効用をもたらすのか自分の中にちゃんと落とし込んでおかなければなりません。私たちに自信がなければ、相手にもそのことが伝わってしまいます。

用地のことは時間をかけておいおい勉強するとして、今回担当した公共事業の勉強をしたうえで、まずは権利者の方の門をたたいてみましょう。駅から姿勢を正し、大股で自信をもって権利者宅まで行き、門の前で大きく深呼吸を5回ほどし、口角をあげ、目元に笑みを浮かべて笑顔を作りましょう。交渉担当者同士で自然な笑顔ができているのか確認しましょう。そして、インターホンを鳴らしましょう。

きょうの目標は、相手の生活本拠をじっくり観察してくること、相手の話をじっくり聴いてくること。そして、次回の交渉のきっかけを作り、次回の日程を大枠でいいので決めてくること。

こちらからの要望は雰囲気がよければしたらいいでしょうが、急ぐことはありません。交渉を継続していける基礎ができたなら、大成功と言えるでしょう。

では、いざ出陣!! 用地ノウハウがないことを恐れることはないのです。この段階では。

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