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コラム

用地取得 達人への道

「さて今年はじめて用地取得交渉をまかされたけど、やったことがないしどうしよう…」
新人の用地職員にはつきものの悩みですね。でも心配ご無用。
本稿では用地取得交渉の手順とコツを詳しくご紹介します。

聴くを深めるvol.4  相手を感じることが「聴く」の始まり

2020年11月20日 公開
聴くを深めるvol.4画像
  • 「共感」の定義を探る
  • 自分を離れて、ただ相手を受け止めることに専念する

博士から「半年くらいかかってもいいから」と言われながら手渡された『プロカウンセラーの共感の技術』(杉原保史・著)を読み始めた田中。「共感とは何か」について考えを深めていきますが、禅問答のような文章もあって困惑する様子も...。今回は全42話の中の、9話までを読み進めていきます。何か気づきは得られるのでしょうか。


博士から本を受け取って席に着いた田中であったが、何かしっくりこない表情だ。

「話すのは技術でできるが、聴くのは人格そのものであって技術ではない」と言われたことが難しすぎて、ストレスを感じているようだ。諦めたように天を仰ぎながらページをゆっくりめくり、1話ずつ、読み進めていく。

「共感」の定義を探る

共感は他人の気持ちをわかり、それを自分と共有すること。

「聴く」ことができていなければ共感の領域にたどり着けないのだから、他人に共感できた段階で「聴く」ことはできているはず。人格で聴くってなんだろうなぁ。

それに技術で共感はできないと博士は言いながら、「共感の技術」を読めという。 主張と相反する内容に思えるけれど、本の内容を反面教師にしろということなのだろうか?

とりあえず、第1話から第42話まで。200ページ以上。
読み進めてみよう。

第1話のタイトルは「共感とは何か」。
著者が共感をどう定義しているのか、わかるかな。

<第1話>
多くの人は、共感とは相手の感じているのと同じ感情を具体的にそっくりそのまま感じることだと考えています。......このように定義づけた上で、「共感なんて本当にできるのか?」という問いをくり返し、問いかけ続けます。このことと並行して、多くの人が"共感されたい"という気持ちと同時に、"絶対に共感されたくない"という気持ちを抱えているように思います。
究極的には、私たちは一人ひとり別々の存在であり、決して誰にも分かることなどできない独自の存在です。......一人であるというこの感覚こそが、私たちにつながりを求めさせるものであり、また、私たちがつながりを感じ合うための基盤なのです。

いきなり禅問答のような...。
私たち、みんなが1人ひとり独自の存在。これはよくわかる。
でも共感の定義がなかったから、何をもって共感とするのかわからないな。

<第2話>
近代化の歴史の中で、われわれは、淋しさや空しさを癒すために、次々と商品を開発し、買い求めてきました。新しい商品を開発し、買い求めることは、豊かさを生きることであり、幸せを手に入れることだと信じてきたからです。

私たちは、すでに十分に豊かになったはずです。......ですが、幸福な人、人生に喜びを感じている人、人生に深い意味を感じている人、大いなる満足感をもって死を迎える人が、当たり前にたくさんいる世の中になったでしょうか?

便利さと豊かさを、「もっともっと」と求めることが非常に危ないことだということに、もはやわれわれの多くが気づいています。......にもかかわらず、それを止めることができないでいます。

このことは、過度に個人主義的な競争的な現在の社会や経済のシステムと密接に関係していると思います。誰か一人が富を得るためなら、他の人を犠牲にしても構わない。......現代社会のさまざまな現実が、「身近な人たちに共感してはいけない。そういうものを切り捨ててこそ、豊かに生きることができる。勝ち組になることができる」という暗黙のメッセージを伝えてきます。

われわれは、こうしたメッセージによって不安をあおられ、......身近な隣人への温かな共感を大事にしないよう、共感を避けるよう、誘導されています。

しかし、このようなやり方では、永遠に淋しさや空しさが癒えることはありません。

共感はただの幻想ではない、私とあなたはつながっている、人間と自然は一つである、地球はそれ自体で一つの命である、こうした見方に心を開いてみましょう。そのことは、あなたと身近な誰かとの間の共感をおのずと深めることでしょう。

共感を避けるような社会になっている...。
私たちは、人ではなく物に癒しを求めるようになっているというのか。実感がないけれど、実感がないくらい生活に馴染んでいるのかな。

だから、前提が共感できるかできないかではなく、共感する勇気が必要と。心豊かな人生は共感できるかどうかにかかっていて、そうしなければ豊かな人生はあり得ない、と。

他人を知る勇気がない、そもそも知らない、興味がないのが今の若者なら、このままでは若者に心豊かな人生は開かれないということになるのかな。

<第3話>
共感は人間を強くします。自分自身への共感は、自信になります。メンバー同士の互いの共感は集団の一体感や志気を高めます。

自分自身への共感=自信。
他者との共感=一体感。
前回読んだ「The First Penguins 新しい価値を生む方法論」の"承認の欲求"を"共感"に置き換えた話だな。じゃあ共感はどうすればできるんだろう。

<第4話>
共感の最初のレッスンは「考えるな、感じろ」です。......共感するには、まず「感じる」ことが必要です。より正確に言うと、「感じていることに注意を向ける」ことが必要です。......リラックスして、感じていることに注意を向けてみましょう。それが"共感"の始まりです。

誰かと話をしているとき、話を聴きながらあなたは、どうやって相手を説得してやろうかとか、どう反論してやろうかとか、......そんなことをずっと考えているかもしれません。あるいは、相手の悩みへのよい解決策がないだろうかと考えているかもしれません。......せっかく目の前に相手がいて、一生懸命話を聴いている状況があったとしても、肝心の聴き手のほうが頭の中で必死に何かを"考えて"いて、自分が"感じて"いることにまるで注意を払っていないのであれば、それは共感からはほど遠い状態だと言えるでしょう。力を抜いてください......共感は努力してするものではありません。

そうかもしれないなあ。
その話に何を感じるかではなくて、何を答えるべきか考えながら必死で聞いている。
これは感じているのではなく、考えている状態。
自分で考えて「相手はこういう気持ちで、こういうことを言っているんだろう」と納得しているのは、共感ではないっていうことだな。

けれど、用地交渉では相手にどう答えるかばかり考えながら聞いているよね。
何かを考えながら聞くのは「聴く」といえない、というなら、用地交渉では本当の「聴く」ができていないってことなのかなぁ。

<第5話>
その瞬間、瞬間に感じていることに注意を向けてみましょう。......そのとき感じるものに、正しいとか間違っているとかいうことはありません。......すべてをただありのままに、価値判断抜きの態度で感じます。......リラックスして、感じることに対して何もせずに、ただ感じることを心がけます。......たいていの人は、じっくり感じる前に、反射的に行動してしまいます。つい、何かしたり、言ったりしてしまうのです。「価値判断抜きの態度」が涵養(かんよう)されていくにつれ、その人の共感は深さを増し、輝きを増してゆきます。ただしそれは一朝一夕になせる技ではありません。

感じる前に反応して、何かをしたり言ったりしてしまう。私も自然にそうしている気がする。

このままの態度では共感がスタートしないということ。
やっぱり共感ってしようと思えばできるけど努力が必要で、相当に難しいということなんだな。

<第6話>
もしあなたが、誰かと共感的なコミュニケーションをしようと決めたのだとしたら、その時間は、ただただ相手の気持ちを受け取るように関わります。......相手自身でさえまだ自分でも気づいていないような深い思いまでも、あやふやな気持ちまでも、すべてを受け取るようなつもりで聴くのです。......感情はひとりでに、即時的に、オートマチックに伝播します。表情、視線、姿勢、声、しぐさ、それらすべての複雑な組み合わせによって、おのずと伝わります。

......共感的に話を聴こうと思うのなら、その時間は相手のためのサービスの時間です。これは決してただ相手に媚びればいいとか、相手の気持ちをよくしてあげればいいという意味ではありません。......「それは考えすぎだよ」と言いたくなる気持ちを感じても、その気持ちを感じたままにしておきます。......心は自由にして、リラックスさせておきます。そして、自分がどう言いたいか、どう反応したいか、という観点を棄てて、相手の気持ちをただ感じ取ることに純粋に注意を向けてみるのです。

相手の表情や、声、姿勢、視線の投げ方などにも注意を向けてみてください。そうしたものすべてに注意を向けながら、ただ感じることを、感じられるままに感じてみましょう。それが「自覚的に共感する」作業です。

自分を捨てるのではなく、自分の感情はそのまま脇に置いて、ひたすら相手の気持ちを感じることに注意を向ける。何かをしてあげるのではなく、ただ感じるだけ。聴くといいながら、耳だけではなく、目も、すべての五感を総動員させて相手に集中する。それ以外の考えを横に置く。

そんなことが果たして私たちにできるのだろうか...。
自分を捨てるのも難しいけれど、自分を横に置いて、かつ自分を放り出して相手に集中するだなんて。

でもとりあえず聴くという行動は耳だけではなく、五感すべてを動員して相手を感じ取ること、ということはわかった。

自分を離れて、ただ相手を受け止めることに専念する

<第7話>
相手の言っていることに同意できるかできないかは、差しあたり、置いておきます。......共感するという作業にとって、自分の意見は関係ないのです。......相手がどのような思いを持ち、どのような気持ちでいて、どのような考えをしているのか、相手ができるだけ自由に、安心して、のびのびと話せるように、相手の思いをありのままに受け止めていくのです。あなたは「共感できないなぁ」と思うかもしれません。それでもいいのです。その思いをぎゅーっと押し込めるのではありません。ただ、心に浮かぶままに放っておくのです。......差しあたり、あなたの意見は脇に置いておいて、「どういうこと?詳しく話してみて」と促してみるのです。

私たちは、「自分の視点」を離れることがなかなかできません。そして、ついつい「それは正しいことだ」「それは間違ったことだ」......など、自分の視点から評価したり判断したりしてしまいがちです。......人間のアタマはどうしても勝手にそういう活動をしてしまうくせがあるようで、それを止めることはとても難しいことです。それでも、そういうアタマの活動を放っておくことなら、心がけ次第である程度は可能だと思います。

自分の意見は脇に置く、自分の視点を離れる。
相手に同意できるかはともかく、まずは相手を受け止めると。

私にはできる気がしないけど、心がけだけでもしないといけないということか...。

<第8話>
多くの人が共感を受動的なものだと勘違いしています。たしかに、共感の中核部分は"感じる"ことにあり、「ただ感じられることを感じられるままに受け取る」という意味では、受動的なものです。しかし、共感は決してそこで終わるものではありません。感じられたものは、"表現される"必要があります。"伝えられる"必要があります。

あれ、これまでとちょっと主張が違う。
共感は相手を受け止めるだけでなく、もうちょっと先に何かがあると。

<第9話>
共感は訓練や経験によって開発することのできる技術でもあるのです。......共感の能力は、まずは自分が人から共感される経験によって身についていきます。誰かから共感されることが基本です。

誰かに共感するためには、先入観に縛られずに相手をよく見る"観察力"、相手の立場だったらどう感じるだろうかと想像する"想像力"、自分が感じていることに注意を向けて感じ続ける"注意のコントロール力"、感じたことを表現する"表現力"が必要です。相手の気持ちや思いに対する関心はもちろん必要でしょう。自分の感じたことを表現するには勇気や思い切りが必要かもしれません。表現してもきっと相手に受け取ってもらえるだろうという信頼感も必要かもしれません。こうした作業をずっと関わりの中で抱えていくのが共感ですから、根気強さも必要でしょう。

共感が技術だというのは博士の言い分と反対だけれど。
技術ではあるけれど人から共感された経験が基本だとするなら、それは人格と同じといえるのかな。

人格は持って生まれたものではなくて経験によって身につくもの。意識すれば鍛えることもできる。そう考えると博士の言い分と、この本の主張はそれほど違わないのかもしれない。

ここまで読んで気づいたのは、「The First Penguins 新しい価値を生む方法論」に出てくる若者が持っていないものばかりが必要とされていること。

現在の若者は自分に興味がなく、相手のことも知ろうとしない。"遠慮"が社会に蔓延しているから意見は表明しない方が楽でいい。そうしてフィードバックが減っている......と、ファースト・ペンギンの本には書かれていた。

つまり、共感の経験も少ないということになるんじゃないかな。そうなると、若者は共感をどうやって身に着けていけばいいんだろう。


『プロカウンセラーの共感の技術』(杉原保史・著)の9話まで読み進めた田中は、この本の主張がずいぶんわかってきたようです。今の若者が持たないものばかりを必要だとしている本を読んで、これからどういう形で動いていくのでしょうか。

この本は創元社から2015年に発行された本で、まだ書店等でお買い求めいただけます。もっと深く読んでみたいという方は、ぜひお買い求めになり、このシリーズと合わせて読んでみてください。

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