- 用地交渉の辛さを真正面から受け止めるな
- ペア間で伝承される用地交渉技術
- 田中は「ファースト・ペンギン」?
このシリーズもとうとう最終回。昭和時代のペアがどんな仕事をして、その背景にはどういう心情と現実があったのか、全貌が見えてきましたね。最終回では、怒鳴られても無視されてもスケジュールどおり仕事をこなすペアの秘密がわかります。鶴さんたちの業務の進め方からエッセンスをもらい、今、離職率の高い若手用地職員さんが少しでも心理的な負担が少なく業務に取り組めますように。

このシリーズもとうとう最終回。昭和時代のペアがどんな仕事をして、その背景にはどういう心情と現実があったのか、全貌が見えてきましたね。最終回では、怒鳴られても無視されてもスケジュールどおり仕事をこなすペアの秘密がわかります。鶴さんたちの業務の進め方からエッセンスをもらい、今、離職率の高い若手用地職員さんが少しでも心理的な負担が少なく業務に取り組めますように。
「怒られてもへこたれず再訪する、これはペアガシラとカバンモチの二人のペアだからできる仕事のやり方やで」
用地業務をカバンモチに押し付けているように見えるペアガシラが、実は用地交渉の指針を決めてブレないように進めるフィクサーだった、というのは鶴さんから聞いてなるほどと思ったけれど、交渉中に気持ちを切れさせない秘訣もペアガシラは持っているようだ。
ペアで用地交渉に出向く理由は、基本的には「言った言わない」のトラブルや誤解を避けるためであったり、間違えた情報を伝えないようフォローしたり、議事録を取ったりする必要があるからだ。けれど、それだと「大切なものが抜け落ちている」と鶴さんはいう。
「用地交渉はすごくエネルギーのいる仕事だ、という前提を忘れていないかい?」
用地交渉では権利者さんから怒鳴られる、無視される、玄関で塩をまかれる、そういうことがあるという前提に立たないといけない。相手から受けるストレスは多大なるもので、心のエネルギーがたくさんいる仕事だ。これを乗り越えるための ペア力=友達力 なんや。
こういうことが若い頃は自分にもあった、と鶴さんは振り返る。
「辛いことは、ペアで茶化すんや。用地交渉から直接家に帰らず、飲みに行って『なんで権利者さん、あんなに怒ったんやろうね』と話す。『夫婦喧嘩した後やったんちゃうか〜、ドア開けてすぐから血管切れそうな顔してたもんな〜』なんてペアガシラに言ってもらって、若手はホッとする。そうすることで、また次の交渉に行ける」
これは根性論ではなくて、ペアガシラがカバンモチをフォローするような気持ちがあるから成り立っているという。確かに悩みは誰かに話すことで感情的な部分をスルーできるようになったり、ストレスが受け流されて気にならなくなったりする。そういうことを日常的にペア間で繰り返すと、心をすり減らさずに交渉に挑めるという仕事術なんだな。
「茶化すにも次につながる意味があって、そうやってペアで共有していくと『じゃあこう言えばいいのでは?』『ここが怒るポイントちゃうか』と偶発的に交渉相手の本質も見えてくる。それで次の交渉戦略が立てられるっちゅうもんや」
ペアで愚痴り、茶化しながら情報を共有して、交渉相手を見極めていく。
自分たちの気持ちも守りながら、交渉も進めていく仕事術。無駄がいっぱいあるように見えるけれど、実は削ぎ落とされているんじゃないか。
「人には弱みがあるとそれに振れられそうになったとき防御で怒るから、怒ってくる話題は割と本質に近いトピックや。そこに交渉のヒントがある」
だから怒られたことを気にせず、状況を冷静にみて、本人が言わないなら周囲からの情報も参考に交渉を進めていく、と鶴さんはいう。
「実際、あまり収集しようと意気込まなくても、自然と周りからいろいろな情報が入ってくる。あそこ借金がたくさんあるで、夫婦でもめてるで、売上の割に商売うまくいってないらしいで、あの人は会社で浮いてるそうや、お子さんすごく勉強できるらしいで...とかな。本当か嘘なのかわからない噂が聞こえてくる。基本的には信用しないけど、心の中に閉まっとく。後になって『だからか!』とヒントになることがあるから。子どもの転校が心配って聞いてたけど、別の課題があったとか」
これは『キーマンを探す』という用地交渉技術 なんだという。
権利者さんの不安を探るのはもちろん、誰かに相談しながら決めている場合もあるから、それが誰かを探る。話し合いで前に出てくる人に実権がないことも多いから、実際は誰に話を通すのが早いのか。交渉ごとにキーマンを探し、怒鳴られても気にせず、淡々と進めていく。ペアはフォローしあって、ペアガシラは『キーマンを探す』というような口頭でしか伝えられない用地交渉技術をカバンモチに伝えていく。
無駄がなく、きちんと成果も出て、心も体も病まない交渉方法だ。
「これって仕事の後の居酒屋だったり、朝の喫茶店だったりで、茶化しながらペアガシラが教えてくれていたってことですよね。これを研修で伝えていくのは難しい気が...」
「だからそれは、研修では無理や。伝承のような形でノウハウを教えていっているんやから。ペアで用地交渉をしてもらい、それをコツコツ続けて、伝えて成長させていくしかないんや。ペアになれば、年齢は20代同士でも、20代と60代の親子以上離れたペアでもこの伝達方法はできると思うけどな」
そうはいっても、カバンモチを教育できるペアガシラになれる人材がいない。それがいちばんの問題だけれど、まずは本質的な用地交渉術がわかったから良しとして、研修に取り入れていこう。
「中鶴さん、ありがとうございました。貴重な話を聞けたので、若い方たちに伝えていきたいと思います。研修にどうまとめるかは自分の仕事ですので、ここからがんばります」
役に立ててうれしいわ、と鶴さんは席を立った。
田中は、自席に帰ってメモを見ながら今日の鶴さんの話を反芻していた。
○昭和時代は厳しいけれど温かい若手育成法がちゃんと存在していた。しかし、今はそうした育成法を実行できる人員体制なり人材なりが存在しない。
○そうはいっても、用地交渉時にしなければならないことにそんな大きな違いはない。
それをどういう形で研修という形にしていけばいいのだろうか?
悩みつつも何か得たような気になって表情も明るく次の対策を考えている田中の横を、博士がのんびり通りかかった。
何気なく「研修づくりは進んでいるかい?まあ、難しいとは思うけど頑張ってみてね。とにかく、これはファースト・ペンギンだからね」
とまたまた謎かけのような言葉を投げかけて去っていった。
怒ったり不満をぶつけたりしてくる権利者さんと向き合わなければならない用地交渉の仕事は、当たり前ですが大変なもの。大変さが前提にあるからこそ、力任せに正面からぶつかるのではなく頭を使い、うまくペアで進めていこうという鶴さんの経験談でした。
このペアの交渉術は今後も伝承されていくべき内容でしたね。田中は今後も研修内容を詰めるべく、情報収集をこなしていきます。最後に博士が投げかけた「ファースト・ペンギン」は、一般的にはリスクを恐れずに初めてのことに挑戦するベンチャー精神の持ち主のことを指していう言葉だそうです。
次のシリーズは、この「ファースト・ペンギン」という呟きで博士が田中に伝えたかったことを深めていくところから始まります。お楽しみに!
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