- 雑談で権利者さんの気持ちを前向きに持っていく
- 権利者さんの幸せと、補償金のバランスを取っていく
鶴さんから「引っ越しや移転をいきなり告げられた権利者さんと雑談をするにはどうするか」とお題を出された田中。身構えている権利者さんと向き合った交渉担当者がどうやって初対面の状況から話を進めていくのか、補償金額に納得してもらえるようにしていくのか。交渉術の本質に迫る内容です。

鶴さんから「引っ越しや移転をいきなり告げられた権利者さんと雑談をするにはどうするか」とお題を出された田中。身構えている権利者さんと向き合った交渉担当者がどうやって初対面の状況から話を進めていくのか、補償金額に納得してもらえるようにしていくのか。交渉術の本質に迫る内容です。
「お金は手段であり、自分自身の幸せは別のところにある」と権利者さんにわかってもらうというゴールのために雑談をする、という鶴さん。
用地交渉といえば、補償。
補償といえば、お金。
そう思っていたけど、確かにお金の話に終始する交渉をしていると話がまとまりそうもない。もっと違う視点から権利者さんとの距離を詰めていき、交渉していかないとよい結果にならないんだと心底感じた。
用地交渉をしたことがない私でも権利者さんと話を進める大変さがわかったので、どう現場で実践していったらいいのか、その会話術を鶴さんから教えてもらおうと思う。
用地交渉担当者が権利者さんを初めて訪問するとき、と前置きして鶴さんは話し始めた。
「権利者さんはどんな心持ちでおられるか、それをまず考えてほしい。権利者さんには移転や引っ越しは降って湧いた突然の話で、今の生活がもう続けられないといきなり突きつけられたわけ。起業者が加害者で、自身は被害者、そういう意識を持っておられる」
これから先どうなっていくのかという不安、言いくるめられないようにしようと身構える気持ち、わかるなぁ。
「我々はよく『今の生活を見直して新しい生活を考え直す機会にしてください』なんていうけれど、当事者であればそんな簡単に切り替えられないことはわかるよね。移転、引っ越しという刃を突き付けられた人が新しい生活に気持ちを切り替えていくには相当の大きなエネルギーが必要なんだよ」
地権者さんはまず、大きな被害者意識を持って我々に対峙される。いきなり色々言われているんだからね。自分が何かするなんて能動的なことは思っていなくて、起業者が加害者なんだから「何もかも用意して今より良い生活をご用意しました」と言ってほしい、と待っておられる。その用意ができないなら、今後何があっても困らないお金をもってこい、となる。発せられているのは巨大なマイナスオーラだ。
「じゃあ、そのマイナスオーラを交渉担当者はプラスに変えていかないといけないということですね」
「そうだ。そこで雑談だ。僕は 雑談の時間を『下積みの時代』 と呼んでいる。長い時間を使って雑談し、権利者さんのマイナスオーラをプラスに変えていくんだ」
プラスに変えるためには、こんな話をするんだ、と鶴さんはいう。
○趣味の話
○家族の話
○ペットの話
○特技の話
○好きなものの話
○(個人事業主さんなら)仕事の話
逆にマイナスのままだから同調しないようにするというのはこんな話だという。
○政治への不満
○経済状況への不満
○誰かの愚痴や不満
前向きにどんどん喋ってくださることをたっぷり聞き、プラスオーラが出てきた状態で10分ほど事業の話や補償の話を挟む。前向きな方向で話を進められるよう雑談・世間話の時間を積み上げていくのがいいのだという。
さらに、権利者さんは「私を大事に扱って欲しい」と誰しも思っている、と。我々が通って時間を使って補償以外の話を聞くことで情や信頼感、親しみ、大事にされているとの実感がわいて、ハードルが下がり、やっと補償の話ができるようになるから足を運ぶことだけでも大事なんだ、と。
権利者さんが怒っていても5回も行けば怒るネタもなくなってくる。怒るのに疲れたら相手の話も聞こうとなってくる...というのだ。
そうやって時間と用地交渉ならではの雑談・世間話の積み重ねで、補償や移転の話も前向きに持っていけるようになるんだなあ。すごいことだ。
「ただ、無理やり納得させるためにプラスに持っていくということではないよ」
「どういうことですか」
「まず、起業者が提示した補償金で移転、引っ越しができない人はいないということは確信を持っている。我々が出している補償金は補償基準に定められた通り計算したもので、通常の不動産売買のように買い叩くこともしない。権利者さんの生活再建を重視した財産権補償だ 」
鶴さんは、補償金を下げるための交渉をするのではないと念を押して、権利者さんの被害者意識をなくしてプラス意識に変えてもらう大切さについて話し始めた。
「特に事業所の移転などの時やけどな、結局、手に入った補償金を移転先で増やすも減らすも本人次第。実際に移転した先での計画に早く着手し、家族や従業員、融資をもらう金融機関までも巻き込んで何度も話し合いをした権利者さんほど、財産が増えてる。100の状態で移転して、その先で150、200になってるんや。財産が」
もらった補償金は同じでもその後に増えたり減ったりする...?
財産価値補償は収用前後の価値を等しくするのが補償の根底にあるけど、どうなんだろう。
逆にな...と少しさみしそうな顔をした鶴さんはいう。
「被害者意識から抜け出せず、我々に頼って時間切れになるまで交渉している権利者さんは財産を減らしている 。新たな旅立ちができていないんや。同じ財産でも、移転、引っ越しでより価値を高められる人とそうでない人がいるということなんやで、わかるか?」
そうか。
権利者さんの気持ちひとつで、同じ100の補償金が将来的に0になったり200になったりする、と。使い方の違いなのかな。
何にしろ、とにかくお金の話に終始してはいけないという教えは、こういう経験が鶴さんの中にあるから、もっと権利者さんの将来を見て言っていることだったんだな。
「いちばんいい結果は、権利者さんが自分の目指す幸せを主体的にイメージし、それを実現するためには...と具体的な金額を考えること。権利者さんの幸せのためのお金と、財産価値や生活再建のために必要な金額。それを我々がはじき出した補償金額と擦り合わせていく。 これこそが公共用地取得交渉の本質だと思っている。」
権利者さんの幸せの形と、それを実現するプロセスを考えていくんだよ、という鶴さんは昔を思い出しているかのようで感慨深い顔をしている。
長い経験の中からはじきだされた鶴さんのノウハウ。これこそお金で買えないものだな。金額以外の部分も探りながら交渉していかないといけないなんて、用地屋って本当に大変な職業だ!
長い雑談や世間話の先に、10分足らずの補償の話。時間の効率だけをみていると何と非効率的だと思われる仕事の進め方ですが、そこには公共用地取得交渉の本質的な部分が暗黙的に隠されていたんですね。
カバンモチは雑談するペアガシラから体で覚えるようにして、この交渉術を体得し、次の交渉に活かしていく。人材育成とよりよい交渉と、その両輪が回っていることがわかりました。
次回は交渉の進めていき方について、もう少し具体的に鶴さんが教えてくれます。
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