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コラム

用地取得 達人への道

「さて今年はじめて用地取得交渉をまかされたけど、やったことがないしどうしよう…」
新人の用地職員にはつきものの悩みですね。でも心配ご無用。
本稿では用地取得交渉の手順とコツを詳しくご紹介します。

ベテランの門をたたくvol.5 権利者と世間話をする意味

2020年08月03日 公開
ベテランの門をたたくvol.5 権利者と世間話をする意味
  • 交渉中の会話内容と時間配分
  • お金をメインに据えない補償交渉の大切さ

ベテランの鶴さんから聞いた経験談は、用地交渉時のペアの役割分担や人材育成、用地交渉技術の伝承方法など、たくさんのノウハウが詰まっていてどれも貴重な話でした。やはり過去から得られるものは大きいと田中も感じ始めています。今回は昭和時代の用地ペアの仕事術の中から、"雑談・世間話"に関する内容を深堀りしていきます。


昭和時代、人材育成には時間がかかるものとの前提で仕組みがつくられていた。

鶴さんいわく、「焦ったり、先を急いだりしていては用地屋になれない。時間がない中で業務をしているから人が育てられないのかも」というのだから、時間に対する観念が全く違ったのだろう。

鶴さんから経験談を聞いていく中で、"会話"をしている場面がたくさん出てきた。「ペア同士で」「権利者さんと」「調査のとき」。もしかしたら話をするということが仕事術のベースにあるのかもしれない。

中でも権利者さんとの雑談、世間話に関する内容はとても深かった。それは今後に必ず引き継いでいかなければならない、伝承案件だと感じられる内容だった。

交渉中の会話内容と時間配分

「一人の権利者さんと1時間交渉すると、そのうちの40~50分は雑談や世間話という感じで、その相手になるのはペアガシラなんや。カバンモチは交渉議事録を書くために聞き耳を立てて話を聞き取るんやけど、ほとんどが世間話だから何も議事録に残すことはないんや。疲れてきた最後の辺りでやっと補償の話になる。というか、ペアガシラが世間話に付け足すように補償の話を振ってたな。その段階になっていきなり『では補償の考え方についてですが、○○(カバンモチのこと)から説明します』とくる。カバンモチは大慌てで、付け焼刃の知識で一生懸命説明するんや」

隣からフォローしてもらえるとはいえ、今の時代にない厳しい育て方だ。今ならパワハラだといわれてしまうかもしれない。

「自分がカバンモチのときはそのやり方がきついなと思ったけど、パワハラだとかいじめられているとかは思わなかった。ペアガシラの愛情があるのはわかっていたしね。それに、自分がペアガシラになってわかったけど 用地交渉で本当に大切なのは交渉議事録に載らない世間話や雑談 なんや」

交渉時に重要なポイントが雑談...!そうやって色々な話を重ねていけば、信頼感や親しみは生まれてくるし情が芽生えて補償の話もしやすくなるからかな。

「権利者さんと信頼関係がない中で補償の話なんかしたって、まっとうな話はできない。権利者さんがどんな生活をしていて、どんな家族構成で、どんな家族間の力関係があって、どんな世界観や人生観を持っていて、今どんな不安や悩みを持たれているのか。それを把握せずして補償の話なんてできっこないんや。雑談をしているペアガシラが、そろそろいい雰囲気だなと判断したらカバンモチに振って、補償の説明を始めるんや」

「具体的にはどんな話をするんですか」
「趣味の話、ペットの話、お孫さんの話、それこそスポーツ新聞から仕入れた競馬、競輪、パチンコなどギャンブルの話やな」

「そのためにスポーツ新聞を読んでいたわけですもんね。そういう雑談で情が生まれて、補償の話もしやすくなるというわけですね」
「いや、確かにそれもあるけど、もっと深い意味があるんや。補償とは何か。もっと深いところを考えているからこその、雑談なんやで

お金をメインに据えない補償交渉の大切さ

補償とは何か。
用地交渉をしたことがなくて現場の雰囲気もわからない私にはわかるはずもないんだけれど、タスク管理表やtodoリストに載らない "雑談" "世間話" にすごく重要な役割があるということがわかってきた。

「でも補償って、お金をどうするかという話ですよね」
「君はお金があれば何でもできると思っている拝金主義者か?お金さえあれば人生なんとかなるのか?そんなことないよね。お金は幸せを得るための手段だよね」

「はい、はい、もちろんそうです。手段です」
「用地交渉でお金の話って難しくてね。交渉時に『補償』を中心に据えると、もう権利者さんがお金をどれだけもらうかという話に終始してしまう。当たり前だけれど 交渉担当者は補償基準に従った契約がほしい、権利者さんは何の不安もないほどのお金がほしい 。この2つがぶつかるわけだよね。権利者さんはいくらお金をもらっても困らないのだから、補償交渉がまとまるはずがない。青天井だよね

そうだよね。誰だってお金はもらえるだけほしいし、お金があれば幸せになれると思うと欲張ってしまう気持ちもわかる。だから、雑談から生まれた情や親しみがあれば交渉担当者の気持ちもわかってもらえて話がまとまりやすくなる、ということかなぁ。

「補償の話を早くまとめるための情ということですか」
「いや、違う。雑談するのは権利者さんがどうなれば幸せになれるのかリサーチするためだよ。今の権利者さんがお金以外の何を持てば幸せになるのか、交渉担当者もわからないし、権利者さん自身もわからないかもしれない。でもそれが雑談から見えてくるんだ」

目的は交渉時に権利者さんに自分の幸せを真剣に考えてもらうこと。幸せを実現するためにはお金以外にも、自分の頑張りだったり家族の支援だったり、従業員からの信頼だったりが大切なんだ、とご自身で感じてもらうんだ。権利者さんが、こうなれば自分は幸せになれるというイメージを交渉中に思い描いてくれれば、引っ越しや移転がよりよい結果になる。権利者さんの幸せに何が必要かを交渉担当者が発見するために雑談で色々話を聞き出すんだ。

情に訴えかけるのではなく、リサーチのための雑談なんだ。
そう思えば、雑談する意味がわかってくる。

「わかりました。雑談、大事ですね」
「じゃあ聞くけど、用地屋は初対面の権利者さんに対して、どうやって雑談していくと思う?雑談って知り合いだから気軽にできるけど、突然引っ越しや移転を言われて身構えている人に対して雑談するのは大変なことやで」

確かに...。
初対面で自分に対していいイメージを持っていない人と雑談をするなんて大変かもしれない。罵倒されて然るべきときに、趣味の話なんて...。ここには今の時代にない深いノウハウが詰まっているから、もっとしっかり突っ込んで聞いてみよう。


昭和時代の用地交渉テクニックの一端に触れた田中。ペアガシラがカバンモチにきつく当たっているように感じられていましたが、実はぺアガシラも大変な役割を担っていたんですね。雑談や世間話のために喫茶店のスポーツ新聞から熱心に情報を仕入れていた理由もわかりました。

次回は、権利者さんと対峙してコミュニケーションを取っていく方法や、ゴールに向かってどう話を進めていくかというところに焦点が当たります。引き続き、ペアガシラの仕事のテクニックがわかってきますので、お楽しみに。

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