用地職員の退職理由を分析していた田中でしたが、その途中で、職員による不正行為が平成7年から立て続けに起こっている現状に気づきました。退職と不正の因果関係ははっきりしないものの、博士に指示された通り、その感想をレポートにまとめていきます。それらの不正にはとある共通点があり、田中なりに要因の背景や隠された真実を探っていきます。
「用地職員の退職要因を考えていたのに、用地職員の不正を調べることになるとは不思議だな...」
不正防止対策通知を読んでいた田中は、博士から指示されるがままに、それぞれの案件について不正が起こった要因分析と、自分なりに通達を読んで感じたことをレポートにまとめ始めた。
その途中で、気がついたことがあった。
全案件で不正の「手口」、つまり方法が共通していることだ。
不正実行者の全員が架空の物件をでっち上げて補償金を捻出している。全員が同じパターンで不正を働いたというのは、現場にいる身としてにわかに信じがたい。
ただし、その不正によって手にしたお金の使い方はそれぞれ異なっている。反社会的勢力に渡している者もいれば、自分の懐に入れてしまっている者もいる。「手口」が共通しているだけで、それ以外の部分には違いがある。
つまり...。
「手口」は同じで、「動機」はバラバラ ということだ。
不正に手を染めるようになった発端は、個人が抱える背景に影響を受けているようだ。この通達を読むだけでははっきりわからないが、地権者の悪質で無謀な要求にあったからかもしれないし、用地交渉担当者が個人的に借金の問題を抱えていたから、つまりギャンブル癖等の要因の種を元々持っていたからかもしれない。
いずれにしても、不正事件を起こした用地職員は、自身が勤める役所内で「架空物件の補償が容易にできる」と認識していたということ。
その共通点こそが、この問題の根の部分なのだろう。
根本にある問題がわかってきた。
不正事件を起こした用地職員は、なぜ架空物件の補償や架空地権者との契約がバレずにできると考えたのだろうか。
用地交渉や補償契約が個人(交渉班のペア頭)責任制になっていたということか?
何人かが関わっていれば、架空の物件を作り出すなどは不可能だ。
◯補償コンサルタントの調整指導
◯地権者との補償交渉
◯契約
◯支払い
◯明け渡し確認
これらの段階のどこかで"おかしい"となるはずだ。
つまり、これら全てのことが一人に任されていたということか。
通常業務だと一人で全部の作業を行うというのは大変だから職員で手分けするけれど、特に用地取得が困難な案件では用地業務を長年やってきたベテラン職員に全てを丸投げだったのかもしれない。
◯補償金算定書の作成
◯現場写真の作成
◯補償金協議書の作成
◯交渉議事録の作成
◯明け渡し完了調書の作成
◯供覧・決裁
仕組みとしては、このようなものをつくり、それを他の職員がチェックして決裁する必要があり、さらに証拠として写真も要るにもかかわらず、誰もが"見たこと"にしてしまっていたのか。
たった一人のベテラン職員に責任を押し付け、他の職員は楽な方、"見ない方"に逃げていたのかもしれないな...。
この辺りは想像でしかない。
けれど、国交省から発行された通知書からは、そのようなことが伺い知れる。
誰もが困難な補償案件に対して見てみぬふりを通し、いかに逃避していたかがわかる。
「それにしてもな...」
田中は自席で一人にも関わらず、心の声を思わず漏らしてしまった。
平成12年度に多段階チェックの通知が出されている。
翌々年の14年度には、さらに強化された通知が出された。チェック、チェックの嵐だ。その人的資源はどこから捻出するのかわからないが、とりあえずチェック項目が増えている。
それでも、20年度にも、22年度にも、不正事件は繰り返されている。
なぜあれほど時間を使うチェックシステムが機能していないのだろう。機能していれば、過去と同じ「手口」は使えなくなるはずなのに。現場の影響は、ただチェックをする仕事が増えただけだ。しかもその仕事が増えた分、別の何かがおろそかになっているに違いない。
ここまでは何とかわかった田中だが、どれだけ考えても、不正実行者の気持ちを想像しても、そのことが分からなかった。
逆に、よくわかったこともある。
悲しいことだけれど、不正を実行した用地職員がいた職場の冷ややかな人間関係だ。全員が苦しい思いをする用地交渉の中にありながら、お互い助け合うことをせず、孤独に自分に与えられた仕事だけをこなしている様子が目に浮かぶ。
それぞれの職員がバラバラに動く、悩みだけでなく進捗も共有しない、相談する人もいない、普段の辛さは酒と遊びで紛らわせる、ひたすら耐える、そんな人たちが集まっている様子だ。
冷ややかな人間関係だからこそ、不正が行えた。
そういったところなのだろう。
次回は、『ひとりにならない、ひとりにさせないvol.6 諸悪の根源は...』をお届けします。
かなり不正が起こった要因の根幹の部分に気づいてきた田中が、まとめたレポートを持って博士の元を訪れます。報告を受けた博士は、どんな反応を返してくれるのでしょうか。



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